一番大きなあらすじ-5
壮年期終盤続き最後部分です。
一路、「超越的幸福」心の秘境へと。

2014年、53歳初恋女性との関係「進展」問うようなものではないのを感じると共に、内面への向き合い強める初恋時のまま満たす澄んだ感情と、行き場のないような少しにごった感情。そして初恋からさらに遡るような、自分出生における「根源的な悲しみ」への向き合い始まってくる。一方で、目の前の問題がもう何もない日常の折に、混じりけのない鮮明「幸福感」現れ始める。山登り趣味がつき、一方で明らか年齢による曲がり角が始まり、山登りトレーニング食事調整日々励む、「一人で生きる残りの人生」へと向かうモードへ。そんな中明らかに、「根源的な悲しみ」への向き合いが、自分さらに変化させていくのを感じるようになる。
 ・「進展を問うものではない」というのは、島野自身一人での生活好んだというもあるが、初恋女性からも頻繁会うことを求めるのではないのはかなり明瞭だったこと。初恋女性との関係は、「基本は片思い、ちょっとだけ両思い」だったと島野としては振り返る
 「根源的な悲しみ」とは、こうして「自分の家族」持たず生きることになった大元にある、幼少期から「一人輪の外にいた自分」という感情であり、正月お盆集まりなど「家族」という雰囲気強く感じた後に、ややトラウマ的感覚混ざりながら再現されるもの。この悲しみ感情自分受けとめるために、郊外山よりにある墓地公園行くのが恒例的になってくる。島野家墓地街なかお寺にあるが、この景色良い山あいの、そして少しキリスト教的色彩も感じられるこの墓地公園の方に、キリスト教徒だった眠っているという感覚もあってのことである。この悲しみ感情においては「幸福感」はもう微塵見えなくなってしまうのだが、時間経て、また目の前の問題がない日常の中で現れる「幸福感」より強く鮮明になるという、意識上感じ取れないものの、「根源的な悲しみ」への向き合い「幸福感」増大が、見えない仕組み何か直接的つがっているのを把握するようになる。
 ・「進展」というものはもうないように感じていても、初恋女性自分人生愛するただ一人女性であることはもう一抹揺らぎない状況満たす初恋のまま感情と、現実生活共有ないという状況に、初恋女性との関係についても「魂の世界」「現実の世界」という「区分け」ともいうようなものを抱く方向へ。
 ・一人で生きていく分にはこの生活続けられるという経済的見通しが立ち、この検討過程での内面向き合いの中で、金銭欲からの卒業と言える心境変化得る
2016年、55歳年初「根源的な悲しみ」より鮮明さ増し、やはりそこで幸福感完全消えてしまうような感情ではあるとしても、この悲しみ一方幸福感生み出しているという実感もあり、「この悲しみに会うことは、他の人たちが正月などに家族で会って喜び合う、それと同じ位置づけになるのが、僕の場合はこの悲しみに会うことなのだ」という感覚新た自覚する。
2017年、56歳、そうして「悲しみ」より強く受け入れる姿勢になっていたこの年初「根源的な悲しみ」最も強く、そして鮮明に、島野おおう数日後自分生きる先少し見えない感覚が残る中、トレーニング歩いていて、自分執筆作業「魂たちを相手に行うもの」だと自覚する。たくさん「魂たち」がいる「魂の世界」というものを、実感として感じる。その時同時に、「笑っている母の魂」浮かぶ笑っているイメージできたのは初めてである。
この年、日常に、から爆発するような幸福感湧くようになる。「満足のいくことをやり遂げた一日の終わりにビールを口にしようとした瞬間の幸福感が出っぱなし」になっているような幸福感だと表現。この状態「超越的幸福」名づけ、それが「望みの燃焼の法則」によるものだという考え組み入れることで、ハイブリッド心理学体系がようやく全て完成となる。
2018年、57歳初恋女性への感情揺れ動き要素として残っていた「恋焦がれるような感情」「行き場のない少しにごった感情」という感情要素卒業とも言える節目が起き、落ち着き穏やか「旧知の愛」へと全て収まる方向へ。「根源的な悲しみ」があまり強く再現されなくなり、「超越的幸福」フラット安定した幸福感として続くものになり、自分歩みゴール来たのを感じるようになる。
2019年、58歳自分残った問題として、時折理由がよく意識できないまま目頭熱くなるような「生理的悲しみ感」があり、自己分析向きあいを続ける中で、子供からののような「生理的嘆き姿勢」意味内容明瞭化しそれらも一つ一つ捨て去っていく。
2021年、60歳に現れるマイナス感情要素ほぼ完全ゼロになる。自分出生しての「人生」という宿題完了遂げ残り人生がそのご褒美のような幸福感にあるという実感41歳「人生見出し体験」自分人生二分されているのを感じたが、こうして60歳ちょうど還暦で、それよりもさらに大きい「人生という課題に向かった出生以降の歳月」「人生という課題が達成された後の歳月」という大きな2つ分かれるように感じられる。こうした節目感もあり、執筆作業主軸をこの日記ブログ移す
 ・この最終的節目になっているように感じるものとしては、「魂の世界」満ちたもの感じる一方で、との関わり実に希薄「現実世界」との間に、少し亀裂とは言わないまでも行き違いのような感覚があったものが、それもない統一感感じられるようになったこと。「魂の世界」においては自分は、初恋女性長く連れ添った夫婦であり子供自分彼女瓜二つ2人子供がいると勝手感じており、「現実の世界」においてはとの接触実に希薄だとしてもそれが人と社会生きて関わっている姿なのだと感じる。それら全て自分「本性」のままにあり、境目ないものとして感じることとして。
 ・こうして至った最終的「幸福」あり方記しておけば、「全てが楽しい」というもの。朝起きるのが楽しい食事楽しい今日何しようかな♪と浮かべて一日始め用事一つ一つこなしていくのが楽しい学生時代以来昨年再開したクラシックギター弾くのが楽しい。そうして歩いてからビール夕食には、「超絶的な幸福感」へ。一日終わる時寝るのが楽しい。そして今これから、こうして変化歩みをたどった一人人間軌跡を、つぶさたどり直してみることを、100歳くらい念頭に、長い残り人生で、楽しんでいきたい。

以上、「一番おおきなあらすじ」になります。
「島野の人生のあらすじ」「シーズンxx」サブカテゴリーでは、実際日記文面まではあまり出さない形で、小粒出来事取り上げ心理変化流れ分かるようどんなことがあったのか振り返り詳しく書いていきます。
そして「シーズンxx」のそれぞれの大カテゴリーで、心理変化エピソード単位で、実際日記内容によって、その実際様子つぶさ表現されているものを見ていきたいと思います。
から追って丁寧にというより、より重要節目思えるものに目を向け書いていくにて、時間としては多少順不同になるかと思います。

またそのに、私の心に起きた問題とは結局何だったのか、その克服解決とは何だったのかなどについて短い考察を、この「プロローグ」カテゴリー載せておきましょう。
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一番大きなあらすじ-4
では最後「超越的幸福」心の地へと至るまでの流れです。
出版本商業的不成功スクールカウンセラー不採用、そして実家貸家が空き故郷への引越し。それらが、あたかも神の手用意したであるかのように、島野人生曲がり角を迎え、そこにもう一つ神の手用意したも加わり、一路心の秘境へと歩むことになります。予想だにしなかった「心の豊かさ」への変化へと。

<壮年期終盤 (50~60歳)>
2011年、50歳故郷帰る間もなく、それまで待っていたかのように訪れる。これはだとしても、より「悲しみ」濃くするで、人生の失意向き合う時間が訪れる。もちろん自分人生開花として目論んだ、執筆活動足場にした社会的成功果たされぬこと自体だけではなく、それによって挽回できるかもしれないように感じ置き去りにしていた、出生の来歴における失意へも。しかしこの失意と悲しみへの向き合い一歩一歩ごとに、島野は、「豊かさ」への予想だにしなかった前進見出していく。
 ・当初から「本が売れなかったら潔くやめる」考えていたこともあり、所帯持てるだけの一般的再就職を考え一般企業塾講師応募するも、「幸い」その後すぐ感じるものとして不採用「執筆をやめた残りの人生」というものに現実的さらすことで、それはもう生きることをやめるのと等しく自分やるべきことこの心理学より精緻書いていくことなのだと覚悟決める。またこの向き合いで、「人の目の中で生きようとした心」死に煩いの脳一枚はがれ落ちたかのようにさっぱり清々しい心の状態へと脱皮する変化も起きる。
 ・人との関係についても、今まで前進力「親しめる自分」演じることでとのを築き「他の人たちと同じように」人の輪の中で生きる人間なることを望んでいた結果が、自分へとつながるものではなかったことを自覚する。演じた自分がどれだけ人の目実際親しめそうだったかはさておき、それを演じようとした自分「本性」において真にその人たちと一緒にいることを楽しめるものだったのか別の話であったこと、そしてその姿勢から受けることを望んだのは「評価」であって、それを「愛」取り違えていたことにおいて。外面的「絆の形」追うのを次第にやめる方向へ。
 ・結婚子供をもうけ自分家庭築くという、人生での一つ望みもう叶わない状況向かいつつあることへの、揺れ動き向き合う自分本心感情においてどのように女性愛し得るのか。そして美しい女性揺れ動く感情自己分析を続ける。
 そんな中、喪中葉書として伝えた初恋女性から、最初出版時頃以来メールが来る。他愛ない近況話初恋の少年のままのように踊る感情世界的ミスコンテスト最終審査員をやったなど、再び想像完全に上をいく彼女近況驚いたりも。年齢的経過経緯からも、どう会ってどう感じることがきるかと、すぐには答え出ない自分を探る。
こうして、2002年41歳「人生見出し体験」以来の、およそ10年間にわたる、執筆足場人と社会の目相手にしての人生開花へのまい進歳月曲がり角を迎え、島野から、人と社会の目相手向かおうとする部分大きくはがれ落ちていった時間流れた形になる。そして初恋女性から数年を経て届いたメールが、一本導線となり、心の底大元置かれたままであった、島野「命」そのまま感情・・「望み」「悲しみ」が、に、もう何も隠すものもなく、現れる歳月が、このあとから流れるようになる。

2012年、51歳自分人生人との関係を妨げていた真の問題何だったのかを、まざまざ自覚する訪れ、それがに、初恋女性への自分感情重み輝き自覚させる。暮れ頃東京で会い、そこから、もう何も迷うことなく、そこからのどう築いていけるか向かう
 ・心の流れとしてはまずこの年終わる頃自分感情への自己分析向き合いで、との関係妨げていたものとして「会話を楽しむ心がない」こと、そして子供からに対して自分感情表すことに、何か大きな壁のように抵抗感できないものがあったのを自覚「僕は僕の望んだ基準において自閉症だった」と。小学校初恋日々流れ「失われたもの」への悲しみ流す。しかしこの次の日山登りトレーニング近所歩きながら同じように感情向き合う中閃光走るように、「いや、これは“失ったもの”ではなくむしろ“得たもの”なのだ」自覚。また初恋女性向かい得る自分感情はっきり感じ音楽話題などでメールを送り、「また是非デートしましょっ♪」との言葉を見て思わずガッツポーズ
 ・冬近づく頃自分感情見出せたことへの満足感で、実際何もしなくていいような気さえしていた頃、彼女から催促がくるような形で日取りを決め、年末六本木に出かけ食事お酒デート歳月もあり、あるいは会っても「見知らぬ中年女性に会う違和感」のような要素感じてしまう可能性も・・という一抹不安片隅に置きながら、現れたマスク姿美しい目元に、「やはり自分とは住む世界が違う女性」対面してしまっている感覚。しかしお酒食事の中、小学校頃のまま面影感じながら、やはりただ他愛ない近況思い出話はずみ満たされ群馬までの帰宅時間になり別れようとする瞬間世界をまたに行動している彼女にとっては実に自然様子で、ふとみはるような笑顔を見せ、両手広げハグをしてくる。慣れない事態島野「今度はしっかり遊びに行こう」返す
これが島野にとり「人生最大のラブシーン」である。帰り電車揺られながら、「とてつもなく彼女が好きだ」、と。数日後気持ち鎮めるためかのようにスキーに向かう中思う。彼女のことしか考えることができない、いや、もうそれでいいのだ。人生できることはもうほぼ全て尽くしたのです。悩むことはもうない
一方問題は、実際何ができるのか。「最大の障壁」は、他ならぬ自分が、一人でいることが好きであり一人でいる時間大切にする人間であること。これはもう子供からの、もはや「妨げ」でない「性(しょう、さが)として、自分はそのような生き物なのであり、そして一人住むにあまりにぴったりちょうどいい小さな一軒家で、歩くにも便利なこの群馬での生活あまりに快適感じていたこと。そして「愛への行動法」はあくまで「楽しみと喜びの共有」であり、「結婚」「互いが好きという感情」によってではなく「現実生活の共有」として成すものという価値観は、相手にしても譲れないもの。かけひきのようなものは絶対やらない。こうした価値観というのは、実は初恋女性側でも似たようなところがあったのかも知れません。
2013年、52歳初恋女性次いつ会おうかとか相変わらずの他愛ない近況話など、今まで一番メールやり取り多い年に。故郷思い出場所あちこち歩きたいと、彼女から群馬来る。まず夕方仕事終えた足電車到着夕食お酒を共にし彼女ホテル泊翌日小学校当時彼女があった場所など中心歩いて散策し、午後東京戻る彼女見送る。何か思い出話興じるだけ以上の、自分気持ち何か形にできるものはやはりなかったことに、少し焦れる感覚と共に・・。

「超越的幸福」至るまでの流れ一つまとめて、と考えていましたが初恋女性との関わり部分がやはり少し長くなりましたので、いったん区切りたいと思います。
はじめに」で、外面出来事についてはネタばれあったものではないようなとして出しておきたいと述べましたが、実際のところこれで全部です、というようなになります。歩み材料になった小粒出来事あまたにあったとして、大きな出来事としては。そしてそれが人生歩みにおいてどんな転換点としてあったのかの、心理的意味合い多少とも文面から感じ取れるための最小限文章としても、のようなものになった次第です。

重要なのは、そこからの内面における歩みどこに向かったかになるでしょう。
そして実際それが、「このブログの構成」記事で少し触れたように、初恋女性とは「男女関係的な会話さえ一切しないような間柄」保ったというに、事実、ちょっと似たようなストーリー展開人気作家小説主人公向かったのとはまさに逆方向へと向かって歩んだのだという感慨を得ます。
「魂の世界」へと、踏み入れていく、秘境への歩みへと。初恋女性への思い湧き上がりでやはりまだ取り置かれたままであった、出生における根源的な悲しみ向き合う歩み経て
残りはもう外面出来事あまりない形で、ほぼ内面だけ歩く歩みです。
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一番大きなあらすじ-3
後半生「人生見出し体験」経て人生開花へとまい進しようとするところからです。

<壮年期中盤 (41~49歳)>
2002年、41歳「人生見出し体験」を経て開放され、「自分はこの人生で何だってできる!」湧き上がったエネルギー向かったのは、初恋女性との関係前進させること、そして「仕事」の面においては結局、他ならぬ自分のこの変化を改めて心理学から整理し直し、新たな心理学として発展させるという活動となる。
 ・初恋女性親しみ度一歩前進させたメールを出し、お酒飲む機会の中で、想像していたのを完全をいく華やいだ世界行動する女性であるのを知る。なお離婚したことをこの前年メール聞いていた状況。
 ・心理学サイトとしてインターネット発信検討し始める。
2003年、42歳重要人生動きとなる出来事へ。初恋女性とまたお酒飲む機会の中で彼女から示された親しみ態度思い募りプロポーズ意味合いも含むようなメールを出すも返信なく苦しい動揺感情流れるが、それを受けとめ自己分析することで、さらなる心の軽快化への重要な治癒一歩となる。いったん気持ち初恋女性から離し自分人生開花へとまい進する姿勢へ。
 ・自ら心理学「島野隆」というペンネームにて、まず「ハイブリッド心理療法」と名づけ発信開始。やがて「ハイブリッド人生心理学」改め執筆などによってこの執筆活動独立するという目論見視野入れるようになる。この間メールによる援助活動も進め、そのでさらに自分成熟包容力増大を感じる。
 ・結婚願望再び燃えあがり、本格婚活第2シーズンという様相へ。ただし今「一流企業」と呼ばれるものに勤めながらも、執筆活動独立視野にしている、というプロフィールではやはり難しいものがあり、ただ出会う相手への自分感情揺れ動き自己分析による成長肥やしにはなる。
2005年、44歳執筆活動による経済的見通しが立ったら・・と考えていたが、ある日、もう自分はそれを待たず「島野隆」として生きるのだと強く自覚する。「島野アイデンティティの獲得」呼ぶ節目。そしてこの直後渡りに舟のようなタイミング早期退職打診を受け、長く続いた会社生活別れを告げる。
 ・出版本3冊刊行自伝小説『悲しみの彼方への旅』(2006年)、『ハイブリッド人生心理学 入門編 上下巻』(2009年)。自伝小説関連して、初恋女性とまた会う機会を持ち、そこでの自分揺れ動きへの向き合いで、「永遠の命の感性」ハイブリッド心理学で呼ぶ、境地見出す
2008年、千葉マンション生活を続けることが経済的難しいのを感じ、群馬山あい吉井町賃貸アパート引っ越す
2010年、49歳3冊出版本増刷ならず「商業的不成功」がほぼ確定であるのが見えてくる。生計を立てる手段として多少とも執筆活動関連あるものとして群馬県スクールカウンセラー応募したりするも、もとよりやや専門分野ではないこともあり不採用実家所有小さな一軒家貸家空いたのをに、そこで暮らすことに決め、翌年初引っ越す山あいというより埼玉県とも接する群馬県東毛地区

ここでまた変遷流れについての補足入れておきましょう。
そこにあった流れとは、37歳目前にしての「否定価値の放棄」によってマイナス感情傾向大きく消え、やがて41歳「人生見出し体験」経て新たな心理学執筆人生開花させようとまい進する歩みですが、ここではその2で触れた通り、「出生に際する何かの躓きとそれによる闇の感情」根核とも言えるものは、根底消え去るものではなかった、というのがポイントになると思います。

これはそのような流れなるものと、ハイブリッド心理学からも考えています。
「否定価値の放棄」という心の取り組み目標は、「自分から不幸になる」という「心の業」捨て去るのですが、それによって出生の来歴での躓きと闇の感情の、根底でのを、一緒消し去ってくれるものではありません前者はあくまで姿勢であり、後者はより深い根底にある問題として。
つまり「否定価値の放棄」という大きな通過点から、開放された心とそのエネルギーによって、どのように、その出生の来歴での躓きと闇の感情真に乗り越えるような歩み成されるか、というになるということです。
そこから2つ流れあり得るだろう、と。
これはハイブリッド心理学からの説明としては、
『辞典』 歩み1-1 「心の問題」とその克服の全体の理解 / 心の成長の節目道標と心の問題要因の根本克服 - 「心の成熟」と「魂の感情」
中ほどで、「ここでまた少し道が分かれる」述べているものです。「否定価値の放棄」においても、外面的前進順調進めることができたケースと、何らか深い壁への向き合い続くことになったケースと、多少分かれるだろうと。そして前者はその外面的前進満足による「幸福」得られるであろう一方、後者は、「心の豊かさ」としてさらに高い次元境地向かう道あり得る、と。「魂の感情」への向き合い深まりによってです。
その高い次元境地が、永遠の命の感性の獲得超越的幸福この心理学呼ぶものになる、と。

島野場合も、その後者歩んだ、ということになります。深い壁への向き合いと、それによって訪れる「魂の感情」への深い向き合い続いたケースだと。それにより最終的に、出生の来歴による心の根底のマイナス感情が、ほぼ完全に消え去る地へと。
「永遠の命の感性」については、2006年の頃の経緯手短触れています。これは「“自分”というものは、大きな“命のつながり”の中の、ほんの仮りの姿にすぎない」という、これも「否定価値の放棄」と同じく「悟り」のような転換ですが、流れとしては、人生開花へとまい進する歩みで、出会った内面への向き合いにおいて見いだされたものになります。「心の成熟」深まりに応じた悟り的転換だと言えるでしょう。

一方「超越的幸福」の方は毛色異なります。これはもうどう見るかの悟りではなしに、「ただ幸せだけ感じる」ように、いわば「幸福脳」変わっていく変化です。
そしてそれは、場合執筆足場人生開花させようとした、上記歩みが、現実という出会い、つまりは「挫折」し、そこからの「魂の感情」への向き合い積み重ねによって訪れるものになります。
それはいったん「自意識」で目論んだ人生開花断念された「魂の感情」であることにおいて、まさしく、根源にあったものがついに現れる、というようなものになります。
もし出版本「商業的」成功して、それを足場結婚(ということは初恋女性とは別の人と・・)、そして社会での活躍、なんていうことがもし実現されていたら、そうした深い魂の感情向き合わないまま、外面的成功満足によって満たしていく、人生になったかもしれない。
ともかく、そうはならずに、がいます。そのようなものとして、にあった、一番濃い魂の感情、そしてそこにおける「悲しみ」は、上の、「人生見出し体験」からの、人生開花を目論んだ、10年ほど・・という歳月で、いわば「保留」されていたようなものだと感じます。

その「保留」解除され、一番根源にあった魂の感情向きあい、そして「超越的幸福」へと歩んでいった流れに。
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一番大きなあらすじ-2
では後半41歳での「人生の見出し体験」過ぎ、いよいよ「島野隆」としての人生動き始めるところから。

ここで少し考察入れておきたいと思います。「心の成長と治癒と豊かさの道」としてハイブリッド心理学が考える変遷として、ここで書いている歩みはとはどのようなものあったのか。どのようなものなっていくのか。
それが、がこの日記ブログ書き伝えたいことでもあります。その具体的様子の、つぶさ描写として。
もちろんそれはただ心理学取り組み事例記述としてではなく、物語そのもの心を打つ面白さがあるように、私自身には感じられるものとしてです。それが、この日記ブログをいちおう心理学サイトとは切り離して公開することにしたゆえんでもあります。
ただし「はじめに」でも触れたように、外面にあった出来事そのものは、さして面白みもないであろうものとして・・に出る小説映画のようには。あるいは多少はそれに比する面白さがあるストーリー性を感じていただける読者もおられるかも知れません。初恋を抱き、小学校卒業時遠い存在となった少女に、やがて再会し、生涯にわたって思い抱き続ける人生訪れる境地の、予想だにしなかった変遷・・。
それは心の中に起きた物語であり、たとえばその初恋女性がどんな行動言葉与えたことで生まれたものでもなく・・もちろん手がかりのようなものとしてそれはあるとして、何よりも、私自身と、そして私自身「魂」と、向き合い続けることで生まれた変遷なのです。それによって起きた変化に、私自身深い興味感じるものとして。それに比べれば、もうに出る小説映画のように、にどんな気のきいた、あるいは刺激的な、行動言葉をしたか、それがこう変えてくれた、といった流れ終始するストーリーは、もう全く興味持てないような・・。それは「心の依存」世界中のままのような。一方この人生体験した変遷は、「心の依存」世界別れを告げて歩んだものだったのです。

差し込み少し長くなりました。とにかくここで書こうとしていることとは、外面的出来事独特面白さ多少はあるかも知れないとして、メイン世界で起きた出来事。まあその掛け合わせとは言えるでしょう。
そのようなものとしてこの日記ブログ書こうとしていますので、「一番大きなあらすじ」として、外面的出来事についてはさておき、内面的変遷意味合いを、ここでできるだけ明瞭にしておきたいと思うのです。

それで言うならば、まず前半前記事で書いた壮年期前半頃までの人生歩みとは、出生に際して何か躓きと、それによって染み込まされ闇の感情抱えながらも、その部分完全支配されることは免れながら、少し悲壮とも言える探究心と共に、自分のその、そしてその背景にもあるであろう人間「心の問題」の、克服模索し続けた前半生です。
そしてその歩みが、克服への一つ大きな転換点至ったわけです。自らライフワークとする新しい心理学「否定価値の放棄」と呼ぶ、深いところでの悟りのような転換点です。「自分から不幸になる」という人間心の業(ごう)克服相当するものと位置づけています。
それによって大きく開放されたエネルギーによって、唯一無二自分人生歩もうと、踏み出すのです。失われた青春時代挽回できるだけの人生を・・と。それがのようなあらすじになるものです。

そこで変遷として重要ポイントは、そうして前半生で至ったものが人間「心の業」克服というものだったとして、それは、がその出世来歴で抱えた躓き闇の感情という問題を、消し去るのではなかった、ということになるでしょう。
つまりはそこから、「心の業を捨て去り克服した心」で、その、未解決の、「出生における躓きと闇の感情」に、生きて前進していくのです。
そして最後に、その、「出生における躓きと闇の感情」完全克服され、消え去る時が、訪れるのです。心理学において、「超越的幸福」と呼ぶ境地成熟最終的段階位置づけるものによってです。

補足結局長くなりましたのでここでいったんアップしておきましょう。後半生部分に。
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一番大きなあらすじ-1
島野隆プロフィールとして、以下のようなものをサイト著書奥付載せています。たった4、5件記述内容ですが、まあ実際のところ「社会的肩書きのプロフィール」としてはそんなものしかないということになるでしょう。

1961年、群馬県にて出生。
1985年、早稲田大学大学院心理学修士課程修了。
 コンピューターシステム開発企業を経て、大手コンピューター企業に長く勤める。
2002年、『ハイブリッド人生心理学』の執筆活動を開始。
2005年、企業を早期退職し、以降執筆活動に専念。
2008年まで千葉県に、以降は群馬県に在住。

そこに、主だった心の変遷記入すると、「心の変遷プロフィール」とでも呼べるものになるかもしれません。たとえばこのように・・。
「心の変遷」としての内容イメージできるよう最低限記述入れていくと、「プロフィール」と言うには少し情報量多くなるかも知れません。

まずは「これを境に人生が二分された」とも感じる、41歳での「人生の見出し体験」のところまで。

<出生から青年期まで (~24歳)>
1961年、群馬県にて出生
 ・顔立ち良さほめられる一方で「僕だけが駄目な子」といった屈折したを抱えた子供時代子供向け科学図鑑文学集を、前者はからまで、後者は孤独主人公特徴のものを選んで、読むのを楽しみとする。小学校5、6年時に大きくを包む初恋体験するが、その少女小学校卒業時東京に引越し遠い存在へ。
 ・高校進学の頃より、自意識過剰自分あり方悩むようになり、視線恐怖症なども体験するが、加藤諦三著書影響を受け「思いのままに行動する」という行動哲学のようなものによって悩み振り切る
 ・しかし大学進学所属したサークル活動で、自分心のあり方の破綻を感じる体験が訪れ、自分自身心の問題探求解決のために、心理学へと進路を定めていく。
 ・大学3年心理学科のある大学編入学カレン・ホーナイ精神分析自分学びながら、出会った女子学生への恋心、そして大学後進路に向き合う中で、大学4年時「病んだ心が自らに絶望し崩壊」し、代わりに「健康な心が再生」するような体験として、何とか心の危機脱する。この流れで、心の中切り捨てていたはずの、小学校5、6年時初恋感情ありあり蘇る特異な体験も経る。そしてこの初恋女性存在が、島野旅路をやがて最後まで導くことになる。
1985年、早稲田大学大学院心理学修士課程修了。新た論理療法認知療法学びを得、前向き芽生える中、引き続き自分人生取り組むためにもと、研究室残るのではなく社会出ることを選ぶ

<青年期から壮年期初期 (24~36歳)>
1985年、24歳中堅コンピューターシステム開発企業就職システム開発スキル自信を感じ、より大きな仕事ができるよう、1988年大手コンピューター企業へと転職し長く勤める。
 ・自分深い問題あるのを感じながらも、とにかく外面での前進へと自分背中押す仕事を出し、テニススキー熱中し、30歳間近にしたには婚活スタートパーティデート奔走するも、全て女性とのつき合い入り口前立ち踏みしているようなもの。結婚願望燃え上がり消失右往左往する。消えることのない自己不全感情明瞭になる。
1992年、31歳年賀状を出したのをきっかけ初恋女性小学校以来渋谷再会する。相手は既婚でもあり、ただただ思い出話満たされる時間を持つ。
 ・行動力が増し女性との真剣交際向かおうとするが、ちぐはぐな恋愛行動、そして相手への感情消失惑う「恋愛不能症候群」とも言える状態
 ・30代後半デートへの気力萎える一方、仕事趣味スキーがより充実してくる。「ハーバード流交渉術」学び一助となり、社会行動への自信堅固なものになると同時に、認知療法デビッド・バーンズ言葉大きく感銘を受け、心の根底からの強さ芽生えてくる。しかし生活落ち着き感の一方でマイナス感情色濃く自己分析一段階精緻化する。

<壮年期初期から中盤 (36~41歳)>
1997年暮れ、37歳にした頃、獲得されてきた「社会を生きる自信」そして「真の強さ」と、自己分析深まり組む形で、後に自ら心理学において「否定価値の放棄」と呼ぶ、根底からの根本的悟り的転換点通過する。カレン・ホーナイ「人は全知万能の幻想と引き換えに、自らを破壊する心の地獄へと落ちるのだ」指摘した根底歯車自分でも動いていたの自覚し、「自分が神になろうとするのをやめる」という意志としてその姿勢捨てる。これをに、一気に強さを増したプラス感情右肩上がり増えてくる。
 ・自己向き合いは、前進への意志足場に、より深い闇の感情ありのまま吐き出し受け入れる様相へ。そうして自分の心にあった膿のような感情を受け入れ流すごとに、心がむしろ清々しく軽快なものへと変化するという法則性のようなものがあるのを感じ始める。「自分に向けられ得る嫌悪の目」執拗イメージ消え始める
 ・インターネットeメール普及に、初恋女性とたびたびメール交換をするようになる。自分にとってのその女性存在あまりの重さ秘めながら、他愛ない近況報告などの話題インターネット活用した交際相手探しなども再開
2002年、41歳、ついに「普段の気分の基調」マイナスからプラスに転じる「ゼロ線の通過」節目を迎える。世界薄いブルーからピンクに変わったかのように一変した苦手意識を感じていた幼い子供への強い愛情自分育てることができるものという新しい感覚
 ・そこから間もなく「人生の見出し体験」訪れる以前とは打ってかわって生き生きとしてきた自分を見るに、に、自分青春時代失われていたという悲嘆、そして自分人生一体何だったのかという疑問駆られ、まさにその言葉インターネット検索すると出てくる、さまざまな人々悲惨人生吐露に、「ここにあるのはただ一つのちっぽけな人生なんだ、僕は今ようやく人生というものが分かった気がする。やっと今になって。残された人生を最大限に生きたい!」と。これをに、無気力空虚とは縁がなくなるという、人生二分する境目ともなる。

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